日本の高齢化が進む中で、認知症の方の数も年々増加しています。厚生労働省によれば、2025年には65歳以上の高齢者のうち約5人に1人が認知症になると予測されています。
その中で、家族や介護職員が直面する最も大きな課題の一つが「コミュニケーションの難しさ」です。言葉が通じにくい、話の内容が理解できない、感情の起伏が激しい…。そのような状況の中で、どうすれば相手を傷つけず、尊厳を保った関わりができるのか。
本記事では、認知症の方との良好な関係を築くためのコミュニケーションの基本から、具体的な方法、注意点までを丁寧に解説していきます。

認知症とは? ~脳の働きの変化を理解する~
まず大前提として、認知症は「記憶や判断力、理解力など、認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態」です。代表的なタイプには以下のようなものがあります。
アルツハイマー型認知症 | 記憶障害が顕著。もの忘れから始まり、徐々に日常動作にも影響。 |
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脳血管性認知症 | 脳卒中などが原因。感情の起伏が激しくなる傾向。 |
レビー小体型認知症 | 幻視や妄想が見られ、注意力や意識が変動する。 |
レビー小体型認知症 | 人格の変化、社会的ルールの無視などが起こる。 |
認知症は「本人の性格が変わった」のではなく、「脳の病気」であるという理解が、適切なコミュニケーションの第一歩です。

なぜコミュニケーションが難しくなるのか?
認知症の進行により、次のような症状が現れるため、会話が難しく感じられることがあります。
- 言葉を理解できない、あるいは思い出せない
- 時間や場所の感覚が混乱する
- 感情のコントロールが難しくなる
- 自分の置かれた状況がわからない不安から、攻撃的になることがある
こうした背景を理解せずに対応すると、「なぜわかってくれないのか」とお互いにストレスが溜まり、関係が悪化してしまいます。

認知症の方と関わるための基本姿勢
認知症の方との関わりには、「技術」以上に「姿勢」が重要です。以下の3つを常に意識しましょう。
否定しない
「さっき食べたでしょ」「それは違うよ」と否定すると、相手は混乱し、不安や怒りを強めてしまいます。たとえ事実が違っても、「そうなんですね」とまずは受け止めることが大切です。
焦らせない
認知症の方は情報処理に時間がかかるため、早口や急な指示は混乱の元です。ゆっくり、はっきり、穏やかに話しかけましょう。
尊厳を守る
「子ども扱い」や「命令口調」はNGです。相手は“できない人”ではなく、“助けが必要な人”です。対等な大人として接する姿勢が信頼を生みます。

認知症の方とのコミュニケーション方法【具体例】
声かけの工夫
名前を呼んでから話す | 「〇〇さん、おはようございます」と最初に名前を呼ぶと、注意がこちらに向きやすくなります。 |
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一文は短く・簡単に | 「これからお風呂に行きますよ」「靴を履いてくださいね」など、1回の会話で伝える情報は1つに絞るのがポイントです。 |
選択肢を与える | 「今からお茶を飲みますか?それともお水がいいですか?」と2択にすると、相手の主体性も尊重できます。 |
表情・ジェスチャーの活用
言葉だけでなく、表情や身振り手振りも大きな助けになります。にこやかな表情やうなずきは安心感を与え、「伝えようとする意志」が伝わります。
過去の記憶に寄り添う
認知症の方は、新しい記憶はすぐに忘れてしまっても、昔の記憶は比較的保たれていることがあります。
- 昔の仕事、家族構成、趣味などの話題に触れる
- 昭和の歌謡曲、写真、風景などを通して共感する
「昔話」は、本人に安心感や誇りを取り戻させ、心の安定につながります。

状況別コミュニケーションの注意点
不安や怒りが強いとき
急に怒り出したり、不安そうにしていたりする場合は、「言葉の意味」よりも「感情」を読み取ることが重要です。
- 「怖かったですね」「不安だったんですね」と気持ちを代弁する
- 手を握る、そばにいるなど非言語的な安心感を与える
同じことを何度も言うとき
同じ質問を繰り返すのは、本人が不安な証拠です。たとえ何度目でも、毎回丁寧に答えましょう。「そのことが気がかりなんだね」と理解を示すと安心されます。
幻覚や妄想に対して
「誰かが部屋にいる」「お金を盗られた」などの発言に、無理に否定するとかえって疑念が深まることがあります。
- まずは「それは怖かったですね」と共感を示す
- 必要であれば場面をそらしたり、話題を変える

家族・介護者が心がけたいこと
無理をしない
認知症の方との対応は、根気が必要で、心が折れそうになることもあります。完璧な対応は誰にもできません。「できることだけやる」意識で十分です。
周囲と相談する
介護者が1人で抱え込まず、ケアマネジャーや地域包括支援センターなどの専門機関と連携しましょう。第三者の視点が、新たな対応策を見つけてくれることがあります。
本人の「得意」を活かす
まだできること、楽しめることに目を向け、本人の生活意欲や誇りを大切にしましょう。料理、編み物、掃除など、役割を持つことで自信を保つことができます。

ケアの質を高めるために ~ユマニチュードという考え方~
近年、認知症ケアの現場で注目されているのがユマニチュードというフランス発のケア技法です。
ユマニチュードの基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを柱に、「あなたを大切に思っています」というメッセージを伝えることにあります。
- 正面から目を合わせて、やさしいまなざしで見る
- 温かい言葉で、本人の存在を認める
- 肩や手にそっと触れ、安心感を伝える
これにより、認知症の方の不安が軽減し、穏やかな表情を取り戻すケースも多く報告されています。

認知症の方とのコミュニケーションには、技術以上に「心のあり方」が求められます。否定しない、急かさない、敬意をもって接する――それだけで、相手の表情や態度が変わることがあります。
そして何より大切なのは、「理解したい」という気持ちを持ち続けること。言葉が通じなくても、心はつながる。そんな関係づくりの第一歩を、今日から始めてみませんか。